10年前、
2011年3月11日14時46分、東北を、そして日本全体を襲った東日本大震災がありました。
悲しみ・苦しみ・悔しさを背負いながらこの10年を過ごし、それでも前を向きたい、生きねばと強くあられる全ての方々に私は改めて敬意を表したいです。
10年前のあの日、
新国立劇場 中劇場でオペラ研修所の修了公演真っ最中だった私は『幕が上がったまま降りることのない舞台』を経験しました。その体験は有難いことに最初で最後となっています。
しかし、10年経った今、
世界中が新型コロナウィルスの猛威にさらされ、多くの悲しみ・苦しみ・悔しさを抱えています。世界中の劇場を見回せば、たくさんの『幕が上がらなかった舞台』が出現し、それは今なお続いています。
あの日から10年後を生きる私たちがなすべきことはあの日と変わらない。
驕らず、謙虚に、
互いに助け合い、
感謝と尊敬と思いやりを決して忘れず、
生命を大切に過ごすことだと私は考えます。
私にできることはすべての魂の平安のために祈ることです。毎年同じようなことをブログにしていますが、毎年思うことなのです。11年経っても20年経っても、きっと私は思うのでしょう。
そしてそういう自分でいなければならない、と戒めの意味を込めて、3月11日に記しておきます。
2011年3月11日14時46分、東北を、そして日本全体を襲った東日本大震災がありました。
悲しみ・苦しみ・悔しさを背負いながらこの10年を過ごし、それでも前を向きたい、生きねばと強くあられる全ての方々に私は改めて敬意を表したいです。
10年前のあの日、
新国立劇場 中劇場でオペラ研修所の修了公演真っ最中だった私は『幕が上がったまま降りることのない舞台』を経験しました。その体験は有難いことに最初で最後となっています。
しかし、10年経った今、
世界中が新型コロナウィルスの猛威にさらされ、多くの悲しみ・苦しみ・悔しさを抱えています。世界中の劇場を見回せば、たくさんの『幕が上がらなかった舞台』が出現し、それは今なお続いています。
あの日から10年後を生きる私たちがなすべきことはあの日と変わらない。
驕らず、謙虚に、
互いに助け合い、
感謝と尊敬と思いやりを決して忘れず、
生命を大切に過ごすことだと私は考えます。
私にできることはすべての魂の平安のために祈ることです。毎年同じようなことをブログにしていますが、毎年思うことなのです。11年経っても20年経っても、きっと私は思うのでしょう。
そしてそういう自分でいなければならない、と戒めの意味を込めて、3月11日に記しておきます。
ソプラノ 倉本絵里